呼伽









 かねこみつのぶ、という名前を覚えたのは他でもない、歓迎ストームのあの晩の事だ。

 先輩方に続いて部屋に入ってきた彼は、下手をすればあの中の誰よりも大人びた表情をしていたから、いつの間にか寝台に二人並べられ、囃したてられ、その時にやっと金子が同級であると気付き、また組も一緒であると知ったとき憲実は面食らったものだった。
 取り柄と言えば竹刀を振るう事以外にない自分と、総代である金子とが何故並べられるのかさっぱりわからなかったし、それは彼もまた同じのようだった。
『こんな男と一緒にするな!』

 同級とは言っても、憲実と光伸には共通するものなど何一つ無い。接点が無ければ、当然自分達は話す事も無い。もとより憲実は多弁な質ではないし、周りが話をしていれば便乗して返事こそすれ、自分から話題を提供するなど無いに等しかった。
 しかし、気がついてはいた。
 時折、光伸が何か言いたげな視線で憲実の事を見る事も、苦しげな顔を見せる事も。
 何を考えているのかわからない顔で、憲実の心の内を見透かすように言葉を投げかけ、からかい、冗談だと言い。
 自分の事が気に入らないのだろうと思っていた憲実は、光伸の行為が益々理解出来なかった。
 ただ、優等生であり、良家の子息であったとしても、他の似た類の学生のように、それを必要以上に誇示したり、見せ付けたりはしていない。少なくとも自分に対してはそう見えた。

 もう少し腹を割って話せば、何か光伸の事が理解出来るかもしれない。自分に気に入らない事があるのなら、そうと言ってくれれば改めようもある。同級になって1年余、友人と呼べるような間柄では決してない。どうしたのかと声を掛けるには、きっかけも、理由も、足りないように思われた。しかし、何だかんだと、憲実は光伸の機転に何度か助けられた事がある。だからいつか、彼が次に言葉を掛けて来た時にこそ、聞いてみようかと思った。どうして自分にだけ、そんな態度を取るのだと。そして何か無理をしているのではないか、と。

 それなのに。

「つち、だ、もう、やめてくれ…」
「………」
 どこか遠くで、聞いた事のある声が、聞いた事のない響きを零している。
 目の前に広がる鮮やかな真紅、その上に横たわる身体を自分は追い立てるように犯していた。ろくな抵抗も出来ないようなのは、どうやら彼の自業自得らしい。だが、どうしてこんな状況になっているのか、聞こうとは思わなかった。要はおかしな衣装を身に纏わされてはいたが、傷つけられたわけでも酷い仕打ちを受けたわけでもなさそうだった。だったら、それ以上自分が事情を聞かなくても、ただ主人である要の決めた事に従えばいいだけの話だ。

「土田さんの好きなやり方で犯して下さい」

 己の身体の下で、それは繰り返し嫌だと叫ぶ。当たり前だろう、そもそも気に入らない相手にここまでの屈辱を受けているのだ。快感を引き出すにはあまりにも乱暴に、ねじ伏せ、奥を暴く。それでも通常ではない熱が己を包んで甘く締め付けた。苦しげに歪む顔にも、何も感じない。そもそも、何かを感じることなど、許されてはいない。
「ア、土田、つち…」
 力なく自分の名を紡ぐ彼の目は、怒りも憎しみも含んではいないように見えたのは、願望だったろうか。ただ悲しげな色のその目が次にはきつく閉じられ、追って涙が零れるのを見た。
 何故辛そうな顔をしているのか分からなかった。
 ただ、今この瞬間に彼を肉体的にも精神的にも苦しめているのは間違いなく自分だと分かっている。
 だが自分にはもう彼に何かを言える資格は無い。いや、そんなもの最初からありはしなかったのに、それを言えるなどと思い上がっていたのだろうか。


「つち、だ…!」
 また、彼が自分の名を呼ぶ。何度も、何度も、彼を犯す者の存在をそれでもなお否定しないように、繰り返し名を。一体どうして。

 彼はいつも、どうして自分の名前を呼んだのだろう。

「…………、」
 声になったか、ならなかったかは分からない。
 繋がった場所に熱が走った。途端に息苦しくなって、縋るようにきつく抱き締める。さっきまで、彼だけの熱と思っていた体温が、何時の間にか同化している事に気付いた。唇が、堰を切ったように発した言葉の形に動いた。動かしたと思った。


 


 金子。



 …こんなふうに、名前を呼びたかったわけではなかったのに。

 全てはもう遅すぎた。以前には戻れない、前にも進めない。それだけは事実だ。

 しかし裏腹に、頭の中で呼び声が響く。

 せめてこの声が音になって聞こえてしまわないようにと願うだけだった。














ある程度土金進行してから陵辱ルートで。笑。